このページでは、ホンダS500のプロトタイプである「スポーツ500/S500量産試作車」にはどのような種類があって、それらはどんな特徴も持っていたかについて解説します。
『Honda Sports500の種類』
「各試作車の開発の経緯」の「AS-280」のページをお読み頂いた方には既知のことと思いますが、読まれていない方のために説明すると、「
ホンダスポーツ500」には大別すると第9回全日本自動車ショーに出展するために製作された’62年型スポーツ500と、ボディサイズとエンジンの排気量が拡大された市販モデルに近い形体の’63年型スポーツ500の2種類があります。
ちょっと蛇足になりますが…。
第9回全日本自動車ショーに出展されたスポーツ500はS360のボディを真っ二つに切断して幅を拡げたもの、という話を聞いたことがある方が結構いらっしゃるんじゃないでしょうか?
この話、実は正しくありません。
何故なら、第9回全日本自動車ショーに出展されたスポーツ360とスポーツ500の全幅は一緒だったからです。
でも、当時スポーツ360の走行試験を担当された新保さんという方は、スポーツ360のボディを切断して幅を拡げているところを見たと「ノスタルジックヒーロー
Vol,75」で証言されています。
ということは、実際にスポーツ360をベースにして作られたスポーツ500が存在した可能性があります。
ただし、それは前述の通りショー出展車ではありません。
となると、そのスポーツ360改500はショー以降に作られた可能性が高いと思われます。
また、ショー以降ならば、’62年型スポーツ500がベースだった可能性も考えられます。
何れにしても、’62年型のプロトタイプがベースですから、改造版のスポーツ500には’62年型のDNAが多分に残されていたはずです。
その「スポーツ360改スポーツ500」がいつ頃作られたのかは分かりませんが、ショー出展車と改造版ではない正規の拡大版プロトタイプとは分けて考えるべきでしょう。
そうなると、スポーツ500には「第9回全日本自動車ショー出展車」「スポーツ360改スポーツ500」「正規拡大版スポーツ500」の3種類があったと考えるべきかもしれません。
ただし、これは「スポーツ360改スポーツ500」が実在したことを証明できる物証が見つかればの話です。
今のところ、私が調べた範囲での話ですが、残念ながら「スポーツ360改スポーツ500」に関しては前述の証言しか確認できてないので、現状では事実として認定するのは少々無理があります。
(07/05/09 追記)
「スポーツ360改スポーツ500」が実在したことを証明できる“物証”の存在を確認できました。(その物証が何かは、残念ながらここに書けません…。ただ、これ以上は望めないほど信憑性が高いものであることは明言できます。)
これで証言とその証言を裏付ける証拠が揃いましたので、当サイトでは「スポーツ360改スポーツ500」は間違いなく存在したと断言します。
で、その「スポーツ360改スポーツ500」ですが、物証と諸々の事実関係から、私は走行テストとカタログ撮影のためにアメリカに送られた、2台の左ハンドルスポーツ500がこれに該当すると考えています。
「スポーツ360改スポーツ500」は左ハンドル車だけではありません。
どうやら右ハンドル車も存在したようです。↓(クリックで拡大表示)
これは、’63年6月16日の新聞に掲載された「ホンダスポーツ500価格クイズ」なんですが、この広告に使用されている写真(下掲のカタログ写真と同じもの)に写っている右ハンドル車も、「スポーツ360改スポーツ500」だと私は考えています。
その理由は…申し訳ありませんがここには書けません。 ただ、ひとつヒントを書けば、“新聞の日付”がポイントです。
ある程度事情が分かっている方には、上掲の画像とこのヒントで膝を打って納得して頂けると思います。
さて、これで「左ハンドル車2台、右ハンドル車1台」の合計3台の「スポーツ360改スポーツ500」を確認できた訳ですが、実はこの3台以外にも「スポーツ360改スポーツ500」が存在した可能性があります。
物証によれば、「スポーツ360改スポーツ500」は最多で5台作られた可能性があるのです。
ただ残念ながら、現時点では正確な製作台数は把握できていません…。
〜07/05/09の追記はここまで〜
(07/05/11追記)
右ハンドル車について追記します。
アメリカでテストされたスポーツ500と同じ特徴を持つ右ハンドル車の存在を以前から知っていたのですが、その車輌が“価格当て広告”に掲載された右ハンドル車と同一車である可能性を排除出来なかったため、これまでここでは取り上げませんでした。
しかし、この度“価格当て広告”車と既知の右ハンドル車の決定的な相違点を発見し、両車が別の車輌であることが確認できたので、既知の右ハンドル車を2台目の「スポーツ360改スポーツ500」右ハンドル車としてカウントすることにしました。
ということで、「スポーツ360改スポーツ500」は、左ハンドル車2台、右ハンドル車2台の合計4台が少なくとも存在したと考えられます。
「別冊CG ホンダ・スポーツ」(二玄社)によれば、アメリカに渡った2台のスポーツ500のうち、車体色が白の個体は600ccエンジンに載せ替えられてメキシコシティに現存しているそうです。(もう1台の車体色が赤の個体は、沖縄で解体されたことが確認されている由)
よく話題になるスポーツ360生存説ですが、純粋なスポーツ360が現在も残っているかは私には分かりません。
しかしながら、上記のように広義のスポーツ360(スポーツ500に化けたスポーツ360)が1台現存していることは間違いありません。
“間違いありません”と書きましたが、もちろんこれには「私の 推 測 が 正 し け れ ば」という前提が付きます。
私の推測が正しいか否かについては、何れ有力な証言や物証によってハッキリと白黒つく時がくると思います。
〜07/05/11の追記はここまで〜
(07/05/09 訂正)
ということで、当サイトではスポーツ500は大別して2種類と現在のところはしておくことにします。
2種類というのは、この稿の冒頭書いたように第9回全日本自動車ショーに出展された「’62年型スポーツ500」と、ボディサイズ・排気量が拡大された市販モデルに近い「’63年型スポーツ500」です。
スポーツ500を「第9回全日本自動車ショー出展車」「スポーツ360改スポーツ500」「正規拡大版スポーツ500」の3種類に大別します。
尚、この稿では市販モデルを「S500」と表記し、プロトタイプとは区別します。
『各型の特徴』 ※ 車体の概要や諸元についてはこちらを参照下さい。
■’62年型スポーツ500(第9回全日本自動車ショー出展車)
※ ↑車名をクリックすると開発の経緯や車体の概要、諸元などを記したページに移動します。
〔外観の特徴〕
(モーターファン63年3月臨時増刊より引用/クリックで拡大表示)
1. フロントバンパーが二分割。
2. フロントグリルのヨコ桟が4本でウインカーランプの外側まで伸びている。またタテの桟がない。
3. パーキングライトレンズがオレンジ色。
4. フロントフェンダーの後端近くにフェンダーミラー及びエンブレムが取り付けられている。
5. 給油口が左リアフェンダーの側面にあり、蓋とキーシリンダーが付いている。
6. ホイールキャップは放射状のスリットが入ったタイプ。
(モーターファン63年3月臨時増刊より引用/クリックで拡大表示)
7. テンションロッドがない。
8. ルームミラーはダッシュボードから生えるタイプ。
9. ヘッドライトカバーリム下端の形状がS500とは違う。(ビス1本留め)
10. フロントスカートにスリットがない。
11. 車体の幅が’63年型よりも狭い。(Sports360と同寸)
(モーターファン63年3月臨時増刊より引用/クリックで拡大表示)
12. リアバンパーが2分割。
13. ナンバー灯が小振りでS500と比較すると若干下に付いている。
14. フロント・リアのオーバーハングが’63年型スポーツ500より短い。
15. テールパイプが右側1本のみ
。 |
〔エンジンルームの特徴〕
(モーターファン63年3月臨時増刊より引用/クリックで拡大表示)
16. ボンネットの裏骨に軽め孔がある。
17. バッテリーとラジエターの配置がS500とは逆。
18 ベンチレーションの蓋がある。
19. インレットマニホールド・キャブレター・エアクリーナーケースの形状がS500とは違う。
20. エンジンオイルの給油口の位置がS500と違う。またデスビにバキューム進角用のダイヤフラムが
付いている。
21. ワイパーアームが真っ直ぐ。
|
〔コクピットの特徴〕
(芸文社 Nostalgic Hero Vol,42 P73より引用/クリックで拡大表示)
21. ワイパーアームが真っ直ぐ。
22. ボンネットにスリットがない。
23. ダッシュボードにトノカバーを取り付けるためのホックがない。
24. ステアリング中央のエンブレムの径が大きく厚みがある。Hマーク下の文字は「HONDA
MOTOR」。
25. ステアリングのスポーク部分の長孔が短い。
26. 計器類・スイッチの配置はAS-250とほぼ一緒だが、スピードメーターとタコメーターの間にある2つの
パイロットランプのみ、AS-250よりも上部に取り付けられている。(トリップつまみとの間隔が広い)
27.パーキングブレーキがステッキ型。 |
■’63年型スポーツ500 (スポーツ360改スポーツ500)
※ ↑車名をクリックすると開発の経緯や車体の概要、諸元などを記したページに移動します。
■’63年型スポーツ500 (正規拡大版スポーツ500)
※ ↑車名をクリックすると開発の経緯や車体の概要、諸元などを記したページに移動します。
〔外観の特徴〕
(出典不明/クリックで拡大表示)
1. フロントバンパーがS500と同じ1本モノになっている。
2.
フロントグリルもS500と同形状になっているが、ヨコ桟とタテ桟が別パーツの組み立て品。(S500はプレスの
一体品)
3. ホイールキャップがS500と同形状のものに変更されている。
4. ボンネットにスリットがある。
5. パーキングライトレンズはS500と同じ白色。
(CAR GRAPHIC 1963年10月号 P74より引用/クリックで拡大表示)
6. フェンダーミラー及びフロントフェンダーのエンブレムの取り付け位置がS500と一緒。
7. この’63年型Sports500には、S500と同形状のホイール&ホイールキャップが装着されている。
8. ’62年型Sports500よりも全長が長くなり、フロント・リアのオーバーハングが延長されている。
(F:500mm → 554mm/R:695 → 746mm)
(CAR GRAPHIC 1963年10月号 P77より引用/クリックで拡大表示)
9. リアバンパーもS500と同形状の一本モノになっている。
10. ナンバー灯が’62年型Sports500よりも大きくなり、取り付け位置が若干上方に移動されている。
11. トランクフードの裏骨全体に軽め孔が開けられている。
12. テールパイプは2本出し。
13. 給油口はS500と同じ位置(トランクフードの左横)に移動されている。
14. 下部に突起のないバックライトが装着されている。(S500/S600にオプション設定されたバックライトには、
下部に突起がある。バックライトが装着されていない’63年型Sports500もあったようです。↓)
(モーターマガジン 1963年9月号より引用/クリックで拡大表示)
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〔エンジンルームの特徴〕
(CAR GRAPHIC 1963年10月号 P76より引用/クリックで拡大表示)
15. ラジエターとバッテリーの配置はS500と同じ。
16. デスビにバキューム進角用のダイヤフラムはない。また、エンジンオイルの給油口の位置もS500と一緒。
17. オイルバスエアクリーナーが装着されている。
18. 京浜CVB型キャブレターが装着されている。
19.
’62年型にはなかったプラグカバーが装着されている。
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〔コクピットの特徴〕
(CAR GRAPHIC 1963年10月号 P73より引用/クリックで拡大表示)
20. この’63年型Sports500は、ボンネットにスリットがある。
21. フロントウインドーにテンションロッドがあり、ルームミラーはそこに取り付けられている。
22. ワイパーアームがゆるく湾曲したものになっている。
23. ダッシュボードにトノカバーを取り付けるためのホックがある。
24. センターコンソールにメッキのモールが付いている。
25. ステアリング中央のエンブレムは小径で薄いものになっている。Hマークの下には’62年型と同様
「HONDA MOTOR」の文字が記されている。(S500は「HONDA」のみ)
26.
内張はキルティング調のもの。
27.パーキングブレーキがステッキ型。
※OT誌92号の量産試作車は、この正規拡大版Sports500ですね。(ボソッ |
(07/05/15 追記)※このページ初見の方は、ページの最上部よりご覧下さい。
↓この仏語版 S500(S600)のカタログに使われている左ハンドル車は、正規拡大版Sports500ではないでしょうか?
(カタログより引用)
この仏語版カタログの左ハンドル車が、正規拡大版Sports500だと思う理由は以下の通りです。
○一文字のフロントバンパーが装着されている。→500と推定
○トランクフードに装着されているエンブレムが、試作車にのみ使用された「Sports*00」である。→量産開始前の試作車と推定
○ボンネットにスリットがある。→正規拡大版と推定
○以下の相違点から、アメリカに送られた左ハンドル車とは別の個体と推定。
・フロントバンパーのオーバーライダーの長さが違う。
・シートと幌カバーの色が違う。
(クリックで拡大表示)
(カタログより引用/都合により画像の一部にモザイクを掛けています)
私の推測が正しければ、左ハンドルのSports500はアメリカテスト車2台と、この仏語版カタログ車1台の合計3台が存在したことになります。
もちろん、これ以上の台数があった可能性も否定できませんが、残念ながら今のところ3台以上存在したことを証明できる物証は見つかっていません。
(07/05/19 訂正)※このページ初見の方は、ページの最上部よりご覧下さい。
(
07/05/27さらに訂正)
4台目と5台目の左ハンドル車が存在したことを証明できる物証がみつかりました。
…というか、大事なクルマを忘れていましたよ。orz
その大事なクルマはとは↓これ。(クリックで拡大表示)
(ノスタルジックヒーローVol,62 P80・81より引用) |
(三樹書房 ホンダスポーツ S360〜S800M より引用) |
’63年のリェージュ - ソフィア -
リェージュ・ラリー(通称マラソン・デ・ラ・ルート)に出場したSports500です。
マラソン・デ・ラ・ルートには2台のSports500が出場したのですが、古我/鈴木組(58号車)・キャルネット/ピエール組(78号車)の各ペアがドライブしたSports500は何れも左ハンドル車でした。
(もう一台、右ハンドル車↓も練習用として持ち込まれていた由。右ハンドル車の車体色はライトブルー。)
(クリックで拡大表示)
本稿には関係がないのでレースの詳しい内容については割愛しますが、日本人コンビがドライブしたSports500および鈴木選手が悲劇的な結末を迎えてしまったことを、哀悼の気持ちを込めて記しておきます。
と言うことで、Sports500の左ハンドル車は、アメリカテスト車2台に仏語版カタログ車1台、マラソン・デ・ラ・ルート出場車2台の少なくとも合計5台が存在したことになります。
〜07/05/27の訂正はここまで〜
『ここで、少々蛇足になりますが書いておくと、S500の車台番号打刻開始日は1963年(昭和38年)9月19日でした。↓
(S500特徴 諸元より引用/クリックで拡大表示)
“アメリカでテストされている左ハンドル車の写真”が使われた「ホンダスポーツ500価格当てクイズ」が新聞に掲載されたのは1963年6月16日。
リェージュ - ソフィア - リェージュ・ラリーが開催されたのは1963年8月27日〜31日で、国外に持ち出されたSports500は何れも車台番号の打刻が開始される以前に海外に渡っているので、これら4台のSports500には「AS280-64-*****」の車台番号はなかったと考えられます。
それでは、車台番号の打刻が開始される以前に製作された試作車は、全て車台番号がなったのかというとそんなことはなく、スポーツ360をベースに作られた初期の拡大版スポーツ500に車台番号が打刻された例があります。
斯様に、車台番号打刻開始日以前に製作された試作車にまで遡って車台番号が打刻された為、番号の若いものが必ずしも製作時期の早い試作車とは限らず、例えば「AS280-64-10001」の車台番号をもつ車輌が最初に作られた拡大版Sports500だとは、必ずしも言えないようです。
一部の方向けにもう少し詳しく解説すると、「5-2=3」 この3の中のひとつに「#4」が付されたということは、「#1〜3」の中に「#4」より新しい個体が確実に含まれていたことになります。このような事例があるので、車台番号打刻開始日以前に製作された試作車に関しては、車台番号と製作順が必ずしも一致していないと推測した訳です。』
〜07/05/19の訂正はここまで〜
確かS500は輸出はされなかったと記憶していますが、仏語版カタログ車はフランスに送られたのでしょうかね? あちら製と思われるナンバープレートが付いていますが…。
S500のプロトタイプは最近次々と現存車が確認されて、どうやら少なくない台数が市場に流されたと推測できますが、となればこの左ハンドル車も払い下げられて現在もどこかに残っているかもしれません。
もしかしたら、フランスに渡ったあと紆余曲折を経てS600やS800に化けて日本に里帰りしているかも?
左ハンドル車をお持ちの方は、愛車を一度よく調べてみると、思わぬ大発見をするかもしれませんよ!
〜07/05/15の訂正はここまで〜
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